やってしまいました!

2008,10,27
やってしまいました!
前回のブログで「続きは明日」と書いて中断したのに、気がつくと3日も経ってました。
血液型O型の大雑把な私です。ごめんなさい。m(_ _)m



私は高校2年生の時に大病を患って死の淵をさまよったことがあります。
そして絶望と恐怖の中で2年間に及ぶ入院生活を送りました。
その時に命の重たさを思い知りました。
死に行くものの無念さ・苦しさ、そして見送るものの辛さ・悲しさ。
特に私はこの命の極限の構図を小児病棟で体験しました

最愛の子供の死の床に立ち会わなければならない母親の絶叫の叫び、胸の張り裂けそうな悲しさが、峻烈を極める記憶となり私の胸にはびこっています。

私の命も2年持つかどうかと言われていたのが、奇跡的に病気を克服し、1度は諦めていた人生を、そして生きる時間を再び授かる事ができると確信した時、自分のこの命そして掛け替えの無い時間を、価値あるものとして活かせて生きたいと思いました。

そして、小児病棟での峻烈な体験から芽生えた思いは「次世代を担う子供たちのために母親として何を守ってあげられるのか」と言う事でした。

子供達に残してあげたいのは、託したいのは私達が祖先から託され、当たり前の様に授かった「住み易い地球環境と自然の恵み」そして「健康な体」です。

中でも入院中に随所で目にし、耳にした「食品添加物」や「環境破壊による人体への悪影響」はぞっとするものがありました。
新生児室で目にした赤ちゃんは目があるはずの場所に目がありませんでした。
わずか3歳で小児癌を発症した女の子は小さな体に何本ものチューブが入っておりました。
全身がアトピーで髪の毛も抜け落ち、指が腫れて曲がらない子もいました。
看護婦さんは食生活には注意を払いなさいよ。
食品添加物は体に蓄積していくから出来るだけ避ける様にするのよ。
食品添加物の恐さは 自分の体にすぐに影響が無くても 遺伝子が子供や孫の代で発症する場合もあるのよ、と。
この病院での体験と看護婦さんの言葉が、この後の私の人生に大きく影響しました。

小児病棟での入院生活の中で、重症の子供さんの付き添いのため病院で寝泊りする何人かのお母さん達と知り合いになりました。
この時気付いたのが、どのお母さんも同じ様な思いを胸に秘めて苦しんでいると言う事でした。
「この子がこんな病気になったのは、食生活が悪かったのだろうか?私がもっと注意していればこの子を守れたのではないか?」という、とても切ない悲しい、胸が張り裂けるような悲鳴に近い叫びでした。
小児病棟という命の極限の中で、この様な痛烈な叫びをあげるお母さん達の声を何度も何度も耳にした事が、以後の私の《食の安全性》に対するこだわりとなりました。

そして「私は、もう2度とこんな辛い苦しい病気にかかりたくない」「もし私が人の親となった時に、この小児病棟で出会ったお母さん達の様な胸の張り裂ける様な悔恨の叫びは、絶対にあげたくない!」
これが峻烈な思いとなり、私の中にどんどん、どんどん根を張っていき、そして、これがタケックス・ラボの事業に繋がってきたのです。



おっと! 時間切れとなりました。
これから経営会議です。
気合入れてうりゃ~!っと捌いてきます。

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プロフィール

清岡 久幸(きよおか・くみ)

9月7日 高知県生まれ
うさぎ年 おとめ座

病気の為、高校を中退。父親の会社に入り、竹の研究を始める。その後父の会社の倒産、出産、離婚を乗り越え、02年、フードテックス設立(現・タケックス・ラボ)。
07年、日経ウーマン主催のウーマン・オブ・ザ・イヤー リーダー部門に入賞。