年末恒例の

2008,12,19
ちょっと、ご無沙汰してしまいました。
気が付くと前回ブログを更新してから2週間も経っていました。
 
この2週間は出張続きのバタバタで、東奔西走の日々でありました。
 
数日前にタケックス・ラボの株主である香川県にあるF製薬のF社長を訪ねました。
年末年始が近づくとF社長と交わす恒例の「お雑煮」談義があります。
 
香川県のお雑煮は白味噌に餡ころ餅。
高知県は鰹だしのおすまし仕立て。
 
F社長と私、それぞれ郷土の味「お雑煮」を自慢し合い、否定し合います。
 
この会話が始まると年末が来たなという実感が湧いてきます。
 
F社長、いつも暖かい目で見守って下さりありがとうございます。
来年も頑張りますv(^^)v
 

命への責任

2008,12,05

ただ今、新幹線車中です。
急ぎの資料作成も完了したし、
「よしっ!ブログだ!」とPCと向かい合っています(^^)

 

昨日、とても悲しい事がありました。

 

2年前から飼っていたハゼ科の熱帯魚「ドラちゃん」が死んでしまいました。
「ドラちゃん」はビックリするほど知能が高く、水槽の中と外でしたがちゃんと意思の疎通ができ、1日に何度も水槽の中の「ドラちゃん」とコミュニケーションを図っていました。

 

小さな命ながら家族の一員として絶対的な存在感がありました。

 

「ドラちゃん」の居ない水槽を見ると泣けてきて、泣けてきて止めどなく涙が溢れてきます。(;;)

 

命の重たさを噛み締める一日となりました。

 

「ドラちゃん」の死因は解りません。寿命なのか病気だったのか?
家族の一員であった「ドラちゃん」の小さな命に私はどれだけ責任が果たせたのか?
そう考えると胸がチクチク痛むのです・・・。


命への責任というと、あと数日で放し飼いの息子がカナダ留学から帰国します。

 

高校生という人生で最も輝きそしてとても重要な時期に、親元を離れホームステイを経験しながら現地の高校に通う事が出来たことは、きっと彼を大きく成長させてくれたと思います。

 

目を閉じて、空港に迎えに行く日の事を想像します。
背はもっと伸びただろうか?
英語はどれだけ上達しているだろうか?
顔のにきびは治まっているだろうか?
「ドラちゃん」が死んでしまった事は、いつ言おうか?
色んな思いが走馬灯のように駆け巡ります。

 

この週末は彼の部屋を掃除し、お布団を干し、彼の親友である猫たちをシャンプーし、
そして一番楽しみにしていると言っていた母の手料理は,腕によりをかけて好物をいろいろ食べさせてやろう!!と思いを巡らせていたら息子からメールが・・・。

 

「帰ったら、晩ご飯はお好み焼きを食べに連れてって!!」

 

ちょっと待った!!息子よ!
母の手料理が一番食べたかったんとチャウんかい 

                                                                    ( ̄▽ ̄;)

え~っと!
最近、気づいた事があります。

 

うさぎ年って、方向音痴が多いのかも知れません。

 

実は私は超!方向音痴です。
同じ道でも、行きの道と帰りの道は全く違う道に見えるし、
昼の道と夜の道も全く違う道に見えてしまいます。
だから同じ場所に何回行っても迷ってしまう事がしばしば。。

 

恥ずかしいので、私が方向音痴である事をどなたにもばれない様にひた隠しにするも、日頃の行動からバレバレ。
気が付くとみ~んな知っていました。
有名だそうです・・・。

 

そんな私がもう1人、超方向音痴を見つけてしまいました。
わが社の知恵袋、S取締役。
頭の中はどんな構造になっているの?と、ビックリするほど鮮やかに仕事こなしていくスーパーマン。
万能なS取締役に弱みは無いだろうと思っていたら、社外で一緒に行動すればするほど「ん?」「あれっ?」「もっ?もしや!」
ご本人も方向音痴をひた隠しにしていたのでしょうがバレバレ。
清岡久幸を凌ぐ?方向音痴でした。み~っけ!!

 

そんなある日、ひょんな事からS取締役と私は共通点を見つけてしまいました。
2人とも「うさぎ年」なんです。

 

「偶然ですね~!」って話していたらもう1人、見つけてしまいました。

 

監査法人のH先生。にんじんの大嫌いな「うさぎ年」です。
H先生が来られている時、ふっと頭を過ぎるものがあり聞いてみました。
「H先生。もしかして方向音痴じゃないですよね?」
「いや?立派な方向音痴です!」

 

と、いうことで私の周りの方向音痴さんは皆「うさぎ年」
何でだろ? 
けっこう高い確率ですよね。うさぎ年っていったい・・・。

プロフィール

清岡 久幸(きよおか・くみ)

9月7日 高知県生まれ
うさぎ年 おとめ座

病気の為、高校を中退。父親の会社に入り、竹の研究を始める。その後父の会社の倒産、出産、離婚を乗り越え、02年、フードテックス設立(現・タケックス・ラボ)。
07年、日経ウーマン主催のウーマン・オブ・ザ・イヤー リーダー部門に入賞。