先日、
竹資源有効利活用について林野庁で会合があり、
そこでタケックス・ラボの取り組みについて発表した。
その時に同じく取り組み発表をされた、
竹事業を推進しておられる社長様から発せられた言葉。
「清岡社長の野望には感服やわ。」
何気ないこの言葉が心に引っ掛かった。
私の行動起源は「志」であって「野望」とは違う。
「志」と「野望」の違いは何なのか?
野望は畢竟するに自己中心のものだと思う。
自己の位置を獲得することが根本動機ではないか?
しかし「志」とは、
この二度とない人生をどのように生きたら、
真にこの世に生まれてきた甲斐があるかということ。
つまりは、
社会にどのように貢献し
お役立ちしていくのか?という、
存在価値を高める努力が真の意味の「志」ではないか。
自己を導き、
自己を叱咤激励する源泉であると思う。
私が取り組んでいる克服課題。
日本における荒廃竹林問題は
「野望」では解決できない。
何故ならそれは、
単独で解決できる問題ではないからである。
それぞれの得意分野に強みを持つ企業や団体・人が、
まさしく縦横に繋がる竹の地下茎の如く手を結び合い、
連携して課題解決に取り組んでいかなくてはならない。
そこに「野望」があってはならない。
そこに必要なのは「志」である。
「野望」は連携体の崩壊を招いてしまう。
「志」は連携体に最強のエネルギーを生み出し、
一点突破を可能にする。
私は「竹資源有効利活用事業」を通して、
自己の位置を獲得したいのではなく、
存在価値を高めていきたいのである。

